スペランカー(奴の秘密を暴け!!)
まず、カセットからして奴は違う。
中央部の赤いランプは伊達ではない。
なんと、差込んで電源を入れると赤く点灯するのである。
では、赤く点灯すると一体なんの意味があるというのだろうか?
無論これには深い意味がある。
はじめてスペランカーをプレイした時、私は小学生であった。
忘れもしない、親友の後藤君の家であそばせてもらったのである。
(彼のあだなが「ごんぼ」、とかいうのは、今はあまり関係ない。)
うんこに爆竹を突っ込んで遊んでいた当時の私は、そのような事は気にもとめなかった。
だが、齢二十七にして初めてその意味を悟ったのである。
赤は攻撃色である。
そうなのである。
カラーセラピーという概念をご存知だろうか?
色彩が人間の精神状態に影響を与えると言いかえれば納得してくださる方も多いに違いない。
ピンクは安らぎ、黄色は希望、青は鎮静、赤は刺激の色なのである。
スペランカーは赤色ダイオードを標準装備することにより、プレイヤーの闘争心をかき立て、ゲームに熱中できるようにしてあるのである!!
なんと言う斬新なしかけであろうか!?
「遊んでもらえさえすれば」、幾多のゲームクリエイターがそう歯軋りをしつつ売れ残りの自作ゲームに悔し涙を流しているのを横目に、スペラ
ンカーは、お店でカセットがさしてあるのを見た時点で勝負はついているのである。
では、この標準装備の赤色ダイオード。ダイオードとは一体なんであろうか?
実は私もろくに知らないのである。
ここから先は、ぜひ皆さん一人一人に考えていただきたい。
話を進めよう。
カセットを差し込み、電源を入れる。
だが、電源を入れてもすぐには画面はでてこないのである。
このスペランカー、発売されてからはや十七年。十七年といえば、犬の年齢を人間に換算すると八十近くなっているのである。
すぐに動かなくて当然である。
あなたは金さん銀さんに、「さっさと進めよ!!」などと言えるだろうか?それと全く同じである。
それにファミコンは、八ビット機なのである。
温かい目でもって見守ってやると同時に、シャープ大損したな、などとも考えてはいけないのである。
(ファミコンははシャープが開発放棄して、任天堂に売り渡したという経緯があります。)
しばらくしてから画面が現れる。
これは、あれっ、壊れたかな?とプレイヤーを心配させ、そのピークで画面を現すことによって安堵させる高等テクニックである。
この間、最高血圧は120から140へ上昇。赤色ダイオード効果も加え、軽い緊張状態へとプレイヤーのコンディションを変化させるのである。
つまり毎回心地よい緊張感をプレイヤーに提供することにより、ゲームへの期待感を高めるという効果を得ているのである。
それに、この間に味があるのである。
通は必ずそう言う。
「トシを食うのも芸のうち」とは噺家(落語家)の言葉だが、高齢の噺家はふっと、間を置いてから再び噺に戻ることがある。
しかし、これはあくまでも芸なのである。
ボケているのではないのである。
十七年前のソフトにして、真打(しんうち)とおなじ芸をプログラミングされているスペランカー、侮れん奴である。
(*噺家の最高位)
「人は穴より出でて、穴に帰る。」
これは、富士山の風穴(風によって作られた穴)にある看板に書いてある言葉である。
ではなぜ主人公は洞窟へと探検に赴いたのであろうか?
山のような財宝か?それとも名誉?
私はすべてが違うと思う。
彼のコンディションを見るに、彼は最近はやりのひきこもりなのではないかとの結論に至った。(理由後述)
ひきこもりの歴史は以外に古く、神代の御世にまでさかのぼる
天照大神(あまてらすおおみかみ)が、天岩戸(あまのいわと)に閉じこもったのがわが国で最初に記録されているひきこもりであるが、時代を下る
江戸時代でも閉門・蟄居(ちっきょ)というように家の中に閉じこめるという刑罰という形で存在した。
現代においてさえも謹慎処分という形でひきこもりは受け継がれているが、これは刑罰ではなく神事である、このような
解釈さえも可能なのではないか?と、私は考えるのである。
引きこもり(以下ヒッキー)が新しい引きこもり場所を求めて、たまたまあの洞窟に来たというだけの話なのである。伝説のピラミッドで神事を行う、
そう考えればすべての謎はすっきりと解き明かせるのである。
こう言うと、「$マークのついた袋があるじゃないか」とか、「あの金貨はなんだ?」とかおっしゃられる方もおられるだろう。
あれらはすべて、幻なのである。
こう言っても納得しない人が大勢いるとは思う。
だがそれは、米国帝国主義に毒された考え方なのである。
(70年代安保闘争の時に使われた言葉。これを言われると議論が成り立たなくなる。)
たしかに取扱説明書には「伝説のピラミッドへたどり着け。そこにはぼう大な宝物がかくされている。」とある。
だが、こう書いてあるのは当たり前のなのである。
「ヒッキーの新しいねぐら探しに協力してください」
このコピーでは、売れるものも売れないのである。
せっかくの赤色ダイオードがだいなしなのである。
そこで、ちょいちょいと手直しをして、経営を安定させたというわけである。
ご理解頂けたかと思う。
突然ではあるが、ここで紙幅が尽きた。
決して締め切りに間に合わなかったのではないのである。
あくまでも紙幅が尽きたのである。
以下、待て次号!!
決勝に残れましたら、続き書きます。中途半端でスマソ。