論文:『クソゲー即ち、これ人生』
(クソゲーの定義についての考察)
目次
1.作者からの挨拶
2.論文
3.おわりに
1、「作者からの挨拶」
え〜、まず本タイトルの「即ち」が読めない人は問題外なのでここで今すぐ自決してください。
次に「クソゲーの物理的定義」が可能だと思っている人もここで今すぐ自決してください。
最後に「学術と芸術の違い」が分からない人もここで今すぐ自決してください。
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・ウィンドウは上の線の幅にすることをお勧めします、ただしMACは別。
・下線が引いてある語群をクリックすると補足説明が読めるので、
「てめえの稚拙な文章じゃあ意味が分かんねぇよ!」などとお思いの
「普段からろくにものを考えてなさそうな頭パーな人」はそれらを活用してみてください。
・負けず嫌いな人、勝ち負けに異常にこだわる人は右の宣戦布告をクリックして、
私からの宣戦布告を受け取ってください。別に勝ち負けにこだわらない人は無条件降伏をして
私の「クソゲー理論」に蹂躙されてください。
・あなたが「クソゲー」という言葉について初心者の場合は、今回特別に追加した
「無能のための補足説明」:「初心者のためのクソゲー講座」をお読みすることをお勧めします。
しかしあなたが「クソゲー」という言葉について初心者でない場合は読む必要がないので
そのまま論文本文を読み進めてください。またあなたが宣戦布告をクリックして、私と勝負する場合、
「初心者のためのクソゲー講座」は勝負の決着がついてから読んでください。
2、「論文」
・『クソゲーは抽象的概念である』
まず、理解しておいてほしいのは「クソゲー」と言う言葉が「抽象的な言葉」であるということだ。
つまり「美味しい」とか「まずい」とかと同じように「物理的な定義」が不可能だということだ。
<無能のための補足説明:「物理的な定義」について>あああ
要するに結論を言えば「クソゲーの定義」なんてものは「物理的にはあり得ない」のである。
「ドリアン」を「旨い」と感じるか、感じないかは個々人で違うのと同じように、
「スペランカー」を「クソゲー」と感じるか、感じないかもまた個々人で違うのである。
したがって「誰もが満足するクソゲーの物理的定義」なんてものが生み出せるわけがない。
つまりあれだ、
こんなページ読んでる暇があるなら
第5回クソゲー竜王戦のために
クソゲーレビューでも書いてろ、って話ですよ。
つーか、誰だよ、「クソゲーの定義とは?」
なんてありもしない定義について論文を書け、
なんて馬鹿げたこと抜かす奴ぁよー。
大体よく考えてみてくれよ?
「クソゲーの定義」が発見できたのならば、
それはつまり「面白いゲームの定義」を
発見したのと同義だろ?
そんなもんが発見できるのならサン電子は
潰れてねーっての。(論理がめちゃめちゃな上にサン電子はまだ潰れてないですか、そうですか)
と、こんな誹謗中傷なことを言っているとその辺の「脳味噌は足りてねぇくせに非論理的な文句だけは一人前の馬鹿ども」と
一緒にされかねないのでちゃんと「クソゲーの定義」でも論述しておきますかねぇ。
『クソゲーの定義』(ただし、概念的定義)
「クソゲー」の「物理的定義」が不可能ならば、残る「可能な定義」は「概念的定義」だけである。
<無能のための補足説明:「概念的定義」について>あああ
クソゲーの概念的定義
クソゲー:「現実」を忘れることができずに「現実」を引きずったままプレイさせられてしまうゲーム。
及び、「現実」に引き戻されてしまうゲーム。
お分かりになったでしょうか?
つまり分かり易く言えば「没頭できないゲーム」のことを「クソゲー」と言うわけですよ。
「ゲームをする」ということの主な目的は「現実を忘れて楽しむ」ということにあると思われます。
その目的を果たすことができなかった「ゲーム」は全てこれ「クソゲー」なのではないでしょうか?
またその逆も然り、
「現実を忘れて楽しむ」ことができた「ゲーム」ならばそれは「面白いゲーム」なのではないでしょうか?
所詮は「クソゲーの定義」なんてものはそんな個人的価値観に由来してるわけですよ。
だから「ゲームのクソゲー判定」なんかも各々で違うわけです。
(つまり「誰をも納得させる定義」はできても「誰をも納得させる判定」はできない、というわけ)
・『クソゲー判定の実例から見るクソゲー定義の考察』
「クソゲー判定」とは前述したとおりほぼ不可能な作業である。(客観的な場合において)
例えば次にあげる2つのゲームはクソゲーであろうか?クソゲーでなかろうか?
1.『スペランカー』
2.『センチメンタルグラフィティー』
どちらのゲームも多くの人間にとっては間違いなく「クソゲー」である。
しかし一部の人間にとっては「クソゲー」どころが「名作ゲーム」として楽しまれているであろう。
例えば「スペランカー」は…
即死で有名なこのクソゲー、しかし慣れれば256周も不可能ではないゲームなのだが
多くの人間の場合、その地底探検技術を習得する前に挫折しクソゲーの烙印を押す。
では、地底探検技術を習得した場合、「スペランカー」は「クソゲー」から「名作ゲーム」へと
評価が変わるのか?と問われれば基本的にはその問いに対して筆者は「No」と答える。
例え即死のスリルを楽しめる程に技術が向上したとしても、「現実」は忘れることができないからだ。
筆者などは確かに6周までは変化があって素直に楽しめるのだが、その後はエンドレス、20周あたりから
「何やってんの…俺」
と、素直に自分の人生に疑問を感じてしまった。(つまり「現実」に戻されてしまったのである)
しかし、その「現実」さえも乗り越えて「きちがいの境地」に至れば「スペランカー」は
紛れもなく「名作」である。一日一回、朝、出勤前に「スペランカー」をプレイすることによって
「スペランカー占い」や「スペランカー健康法」までできてしまう始末である。
筆者にとっては「スペランカー」は「名作」とも言えるし「クソゲー」とも言える。
例えば「センチメンタルグラフィティー」は…
豊田商事よりもあくどい商売で有名なこのクソゲー、しかし特定のギャルゲー好きにとっては
実際にプレイせずに、未開封のまま夜のおかずとして妄想プレイしたり、神棚に飾って置くだけでも
その「ゲーム価値」は「名作ゲーム」として判断されるであろう。
筆者はギャルゲー嫌いなのでもちろんやりもしないうちから「クソゲー扱い」だが、
しかし友人に聞いたところ、このゲームのオープニングのシーンは最高の出来だそうで、
なんでも「JoJoの奇妙な冒険」のような立ち方をした小娘どもが不思議な踊りでMPを奪うとのこと。
それを聞いた時点で筆者にとっても「センチメンタルグラフィティー」はやりもしないうちから
「名作ゲーム」へと仲間入りしました。
(と、いうかその製作過程を聞いた時点で「名作」ですけど)
筆者にとっては「センチメンタルグラフィティー」は「名作」とも言えるし「クソゲー」とも言える。(やってもいないのに)
と、そんなわけで客観的な「クソゲー判定」なんてものは不可能であり、
視点の方向しだいで「クソゲー」にも「名作ゲーム」にもなりうるのである。
しかしその判定の基準は
「楽しめるか、楽しめないか」
「現実を忘れて没頭できるか、できないか」
と、いった明確な基準ではないだろうか?
そんなわけで筆者はクソゲーの定義を
「現実」を忘れることができずに「現実」を引きずったままプレイさせられてしまうゲーム。
及び、「現実」に引き戻されてしまうゲーム。
と、するのである。
(ただし、何度も言うが特定のゲームを「クソゲー」かどうか客観的に判定するのはほぼ不可能である)
(また、今回の私の「クソゲー定義」は世間一般の意味するところの「クソゲー」を定義してるのであり、
「カスゲー」「スルメゲー」「ネタゲー」「バカゲー」などの地域限定の「クソゲー用語」を定義しているのではない、
が、しかしそれらをも含めた定義ではある)
<無能のための補足説明:「クソゲーマニアの悲惨な誤解」>あああ
3、「おわりに」
多くの人間は
「クソゲー」=「つまらないゲーム」、「完成度の低いゲーム」
などと考えがちだがそれは誤りである。
(まぁ、クソゲー竜王戦なんて観戦している人間にそんなアホはいないだろうが…)
世の中には「つまらない名作ゲーム」もあるし「面白いクソゲー」もある。
また、一つ言っておきたいのだが
もしもあなたが「真のバーチャルリアリティーゲーム」を求めるのならば
筆者はあなたに
「スターフォース」(ファミコン)
という「クソゲー」をお勧めする。
なぜならばそこには確かに「人生」が凝縮されているからだ。
何の目的もなく
果てしなく続く
ゲーム
その終わりは
自機の死を持ってすら許されず
電源を切ることのみである
無敵コマンドを入力すればその虚しさに気づき
ジョイカードを手に入れたとしても
やがては
自らの指による連射に立ち返る
ひたすら連射を繰り返し
得られる評価は点数のみであり
しかしその点数さえも
全くの無意味
結局は自分で目的を見いだすしかないのである
そして気づくのだ
「死」こそが「解放」だということに
まさにバーチャルリアリティー(仮想現実)。
ああああああああああリ ア リ テ ィ ー
かつてこれ程までに現実性を重視したゲームがあったであろうか?
ファイナルファンタジー?
はっ! とんだお笑いゲームだよ、なんですかありは?
「スターフォース」に比べたら茶番もいいとこだ、あんな予定調和に満たされたゲーム!
「リアル」はおろか「ファンタジー」ですら「スターフォース」の足下にも及ばないではないか!
(「スターフォース」のファンタジーさといったら…そりゃーもう、理不尽つーか、不条理つーか…まさにファンタジー!)
そう、スターフォースこそ真の男のゲームなのである!
ああああああああああああああああああああああああああああ難 易 度
ありがとう、ハドソン。(黄色いジョイスティックを使うとさらに現実度が上がります)
あああああああああああああああああバ ネ
ありがとう、高橋名人。(16連射は伊達じゃない)
あああああああああああああああああああトランプマン
ありがとう、全国キャラバン。(毛利名人は芸人ですか?)
ああ、『や っ ぱ り ハ ド ソ ン♪』だなぁ…。
(もしくは『バーイ、ハドソン』)
『全てのゲームはクソゲーに還る。そしてクソゲーこそが真のゲームである。』
発行 クソゲークリアー委員会ああああa
著者 佐々木あまゆきああああああああ