ネイティブアメリカン関連の報道記事
<ダラス・モーニングニュース 11/25/02の記事を抄訳>
インディアンの栄誉を称える銅像
オクラホマ州ロートン市のコマンチ・ネーションは、第二次世界大戦時にコードトーカー(暗号通信兵)として活躍したコマンチ部族のメンバー17人の栄誉を称えるべく、銅像を建立する計画を立てている。製作を担当するのはテキサス州マーブルフォールズ在住の芸術家、ダン・ポーグ氏。
等身大の銅像は、ひざまづいて無線通信をする兵士と、その背後に槍を手に長髪をなびかせたコマンチ族の戦士が立つ、というもの。除幕式は来年のメモリアル・デーを予定している。
第二次世界大戦中、太平洋戦で日本軍を苦戦に追いやったのはナヴァホ族の暗号通信兵だが、コマンチ族の暗号通信兵はドイツ軍を相手に活躍した。現在存命する唯一の暗号通信兵チャールズ・チビッティ氏は、こう語っている。「仲間が生存中に銅像が建立されていれば、なおよかったことだが・・・。それにしても不思議な話だ。私が子どもの頃は学校でコマンチ語を話すことを固く禁じられていたものだ。それが、戦争が始まると今度は国から『コマンチ語を話せ』と命じられたのだから。我々の言葉であるコマンチ語が連合軍の勝利に貢献したことを、私は大変誇りに思っている。」
コマンチ族暗号通信兵はノルマンディ上陸以来ずっと戦局に関わり、数人が負傷したものの、全員無事帰還することができた。
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<ダラス・モーニングニュース 11/16/02の記事を抄訳>
シャイアン族戦士の遺骨、故郷に帰る
死後70年近くたった今、シャイアン族戦士のブラック・ホースの遺骨が彼のひ孫であるベン・ナイトホース・キャンベル上院議員の元に返されることになった。それまで軍が預かっていた遺骨が故郷に帰ることで、ブラック・ホースの遺骨が完全に揃い、モンタナの墓地に埋められることになった。
ブラック・ホースは、1800年代後半にアメリカ軍と戦った戦士の1人。リトル・ビッグホーンの戦いではクレイジー・ホースとともにカスター将軍を破り、政府に捕らわれていたシャイアン族の人々が故郷モンタナへ帰れるよう手助けをした。
キャンベル上院議員は次のように語っている。「通夜と埋葬の儀式であると同時に、彼の一部が故郷に戻ってきたことを祝う儀式でもある。私にとって(遺骨が戻ってきたことは)インディアンが言うように『輪が繋がった』ことを意味するものだ。」儀式は3日に渡って祈祷とスウェットロッジ(sweatlodge)が行われ、最終日に遺骨を埋葬することで完結する。
「インディアンの人々にとって遺骨が全部そろうことは非常に重要なことだ。というのも、体(遺骨)の一部が欠けていては魂は決して安らぐことはない、と考えられているからである。」と説明するのはスミソニアン研究所名誉学芸員のヘルマン・ヴィオラ氏。
ブラック・ホースの骨の一部は、彼が他のシャイアン族とともにオクラホマから逃げる途中に銃で撃たれ、軍医が手術をした際彼の足から採取した骨片をワシントンのアーミー・メディカル・ミュージアムに送り、そこで保管されていたものである。その後ブラック・ホースは偵察兵として軍に入隊しモンタナで暮らし、1936年に死去した。