第10号 2001.4.8
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★★★★★ 『 ユニヴァーサル・ノマド協会 』 ★★★★★
★★★★★ THE UNIVERSAL NOMAD ASSOCIATION, INC. ★★★★★
★★★★★ 2001.4.8.発行 Vol.10 [SIDE-A] ★★★★★
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■CONTENTS-------------------------------------------------------
[SIDE-A]
★(1)今旬のUNAトピックス
★(2)連載/コヨーテ
「カリフォルニアで生きて、死ぬには――To Live and Die in California」
★(3)連載/D.H.どろんぱ
「どろんぱの借りてきた猫のように」
★(4)連載/がちゃぴん
「がちゃぴんのミッドナイト・パニック」
★(5)CD評/コヨーテ
「CD評/モービー『プレイ』(1999)」
★(6)書評/D.H.どろんぱ
「書評:内田春菊『犬の方が嫉妬深い』、(角川書店、2001年)」
★(7)書評/D.H.どろんぱ
「書評:加藤幹郎『映画とは何か』(みすず、2001年)」
★(8)書評/がちゃぴん
「書評:佐野眞一『カリスマ』(文春文庫、2001年)」
★(9)編集後記
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┃1┃今旬のUNAトピックス→祝4月8日誕生日おめでとう(リプライズ)
┃ ┃釈迦さん、桃井かおりさん、遠藤久美子さん、D.H.どろんぱさん
┃ ┃★【UNA】がいよいよ10号に達しました。これからもよろしくね。
┃ ┃★スティーブ・エリクソン『真夜中に海がやってきた』(筑摩)発売!
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さて、おかげさまで我らが【UNA】も無事、10号目を発刊いたします。
ご愛顧ありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願いします。
前号第9号では、分量の超過に伴って、文字化けが散見いたしまして、ご迷
惑をおかけしたしましたことをお詫びいたします。
また一部の媒体では、
★(5)特別投稿/創作詩「イースト・カウンティの狂気」
/ディヴィッド・ランドリー(解題/コヨーテ)
の訳詩が掲載されないという不備がありました。
決定稿およびバックナンバーを、ホームページに用意してございます。
また常時、マイナー・チェンジをくりかえしておりますので、皆様、ぜひ
お立ちよりください。
http://www.aznet.net/~coyote/una/front.html
(【UNA】編集部)
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┃2┃連載「カリフォルニアで生きて、死ぬには
┃ ┃ ――To Live and Die in California」/コヨーテ
┃ ┃ 【コヨーテ筆名の謎に迫るの巻】
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『UNA』も発刊10号にまで達し、遅まきながらぼくの筆名が「コヨーテ」に落
ち着くまでに影響したテクストのいくらかを引用してみたいと思います。あら
ゆる主体が複数の多様な文化的テクストから形成されているように、コヨーテ
も多くのテクストから紡ぎ上げられた多様多様体なのです。ここでいうテクス
トとは、『UNA』がこれまで扱ってきましたように文化テクストすべてを指し
ます。しかし、今回は言語を使ったテクストをすこしばかり紹介しようと思い
ます。複数のテクストの網目から浮かび上がるコヨーテ像を少しでも結ぶこと
ができたら、今回の投稿の目的は果たされた、と考えたいです。
まずは、最も基本的なテクストとして、百科事典の大御所『ブリタニカ百科
事典』から「コヨーテ」を引いてみます。
「コヨーテ: 哺乳綱食肉目イヌ科の動物。コヨーテの名はアステカ語のコ
ヨーティ(coyoti)から。アラスカ南部からコスタリカ、特にグレート・プレー
ンズに分布する。基本的に夜行性で単独で狩りをする。一対または小群ですむ。
行動圏は8〜80平方キロ、おもに夜間に活動し一夜に平均4キロ歩く。よく遠ぼ
えをするが、これは仲間に位置を知らせ、縄張りを守る働きをする。知的な動
物で、狡賢さとすばやさをあわせもつ。」
ぼくの住むサンディエゴは、ダウンタウンでも夜にコヨーテの叫び声を聞く
ことができると、耳にしたことがあります。また、カリフォルニアにある広大
な砂漠には多くのコヨーテが棲息しており、「コヨーテ・キャニオン」や「コ
ヨーテ・レイク」といった地名にもなっています。そうした土地に住む自らを
トポスの共通性からまずは「コヨーテ」として措定したいと思います。
この百科事典の記述で注目すべきは、「狡猾さとすばやさ」を持って、「単
独で狩りをする」ということでしょうか。『UNA』の宣言文にもあるように、
こうした属性を持たずして文化という生き物は捕らえることはできません。浅
田彰の『構造と力』の冒頭にあるように、賢く(ワイズ)あるのではなく、ス
マートでありたいと思います。スマートとは、知的であるだけでなく、「スピ
ード(すばやさ)」と「生意気さ」を併せ持った存在です。もちろん、浅田氏
のテクストの背景には、フランスの思想家ドゥルーズ=ガタリの思想がありま
す。ここでは彼らの名著「リゾーム」のなかにある有名な一節を引用したいと
思います。
「リゾームになり根にはなるな、断じて種を植えるな!蒔くな、突き刺せ!
一にも多数多様にもなるな、多数多様体であれ!線を作れ、決して点は作るな
!スピードは点を線に変容させる!速くあれ、たとえその場を動かぬときでも
!幸福線、ヒップの線、脱出線。あなたの裡に将軍を目覚めさせるな!地図を
作れ、そして写真も素描も作るな!ピンクパンサーであれ、そしてあなたの愛
もまた雀蜂と蘭、猫と狒狒であるように。」
「ピンクパンサーであれ」という声に答えるのならば、ここでは「コヨーテ
であれ」というところでしょうか。そして重要なのは、ピンクパンサーの「よ
うに」なることでもコヨーテの「ように」なることでもなく、ピンクパンサー
に「なる」こと、コヨーテに「なる」ことが大切だと考えています。こうした
生成変化は常に完結しない有機的なダイナミズムを内に秘めたものだからです。
さて、『ブリタニカ百科事典』には、もうひとつ「コヨーテ」の欄がありま
す。
「コヨーテは北アメリカのインディアンの神話やフォークロアに多く登場し、
人間が存在する以前の動物が世界を支配する時代において主要な動物として描
かれている。コヨーテは創造者として、また文化ヒーローとして、愛人として、
魔術師として、トリック・スターとして祝祭的に描かれている。アメリカ西部
のインディアン民族では、コヨーテはデミウルゴス(独立した創造的な力)ま
たは運命を決する者であり、プレーン・インディアンにとっては、火や日の光
といった人間に不可欠なもの、また人間の芸術を創始したものといった文化的
ヒーローとして考えられている。」
「コヨーテ」の筆名には、リジットな社会を撹乱する「トリック・スター」
として、停滞した文化を生まれ変わらせる「魔術師」として、そして文化テク
ストを新しく紡ぎ出す創造する力である「デミウルゴス」として、クリエイテ
ィヴに生きていくことに祈りと希望を込めています。『UNA』で執筆することで、
どれほどのこれらの役目を果たせるか分かりませんが、「読む」というもうひと
つのクリエイティヴな活動をする読者へ、「コヨーテ」から『UNA』を通して
「遠吠え(howling)」を今後も届けたいと思います。
ぼくの住むサンディエゴはメキシコ国境と面している都市なのですが、アメ
リカとメキシコの国境地帯、複数の文化が衝突するボーダー・エリアでは「ボ
ーダー・スラング」とでも呼べる独特の言語が生まれています。そこでは「コ
ヨーテ」とは、メキシコからの人々をアメリカに密入国させる手配師を指しま
す。この意味での「コヨーテ」にはテッド・コノーヴァー『コヨーテたち』と
いうニュー・ジャーナリズム的手法でアメリカ国内における不法労働者を扱っ
た名著が出版されています。ここではその翻訳の「序文」に掲げられた石川好
によるテクストを引用してみます。
「コヨーテ。これはメキシコ人の側からみると輝かしい響きを持った言葉で
ある。というのもアメリカに不法で越境してくるメキシコ人たちにとって、彼
らの道先案内人コヨーテの度胸、行動力、そして勇気だけが、唯一の頼りとな
るからである。
コヨーテ。しかしこれは、アメリカの側から見ると最もいまいましい人間、
ということになる。彼らによって運び込まれる不法メキシコ人たちに、国境は
侵犯され、アメリカのラティナイゼーションは激しく進行しているからだ。
コヨーテ。国境の一方では救世神とあがめられ、他方では厄病神と嫌われる。
彼らはボーダーの上に立つ人間たちであり、彼らの足がどちらかの国境内に踏
み込んだとき、彼らは半善半悪人となるのだ。彼らは一身にして二世と、二つ
の国と、善と悪を生きている。 このような半善半悪人たるコヨーテの人生は、
現代日本に住む僕たちに何を語りかけてくるのだろうか。
僕たちの住む日本には、目に見える国境は存在していないし、生活のどこを
見渡しても豊かさと等しさが偏在し、越境すべき場所が見当たらない。このよ
うな現代日本には、この魅力的なコヨーテの人生は、ついに有り得ないのだろ
うか。
たしかにアメリカとメキシコの間にあるような国境も、貧しさと豊かさの境
界もない日本だが、仔細に見れば、日本の内部には実に多くのクモの糸のよう
に張りめぐらされた境界や差別が存在している。日本の息苦しさの原因とは、
この見えない陰湿なボーダーが日常生活の隅々に行き渡っているからなのだ。
はっきりと言ってしまおう。ボーダーレス時代と言われても、日本が必要と
するのは、外に向けての越境者ではない。この国の内部に張りめぐらされてい
る小さなしかし頑固なボーダーを越えていけるタフな精神をもった本書に登場
するようなundocumented workerすなわち、未だ名付けられていない生活者た
ちなのだ。・・・<中略>・・・善と悪を自由奔放に往来する人間、すなわちコ
ヨーテ的人生。僕はこれを知識人と呼んでみたい。これこそ、世紀末の知識人
の条件なのである。」
そして「世紀末の知識人」であり、『UNA』のワン・ワードにも刻まれた
「ノマド」の人生を生き抜くエドワード・サイードの言葉をWebのリンクをク
リックしたかのようにつづけて引きたいと思います。サイードの1993年の講演
『知識人とは何か』(出版は1994年)をのぞいてみます。
「知識人とは亡命者にして周辺的存在であり、またアマチュアであり、さら
には権力に対して真実を語ろうとする言葉の使い手である。」
サイードは、数年前に自らが白血病に侵されていることを告げられ、自らの
生涯を語るメモワールの執筆に取りかかりました。それが近頃、日本で翻訳が
出版された『遠い場所の記憶』(原題: Out of Place)です。その著書の最後で
サイードは次のように述べています。
「私の人生にある多くの不調和な体験を以って、私は正しい場所にあるので
はなく、いつも場違いであることを好むことを学んだのだ。」
自らを「場違いな(out of place)」存在として意識しつつ思考を繰り返して
きたサイードを見習い、自らの位置を常に移動させ/ズラし/脱臼させながら、
コヨーテも思考をしていきます。
以上が「コヨーテ・インターテクスト」とでも呼ぶべき、「コヨーテ」筆名
の背後にある文化テクストです。もちろん今回挙げたものがすべてではなく膨
大なテクスト群の一部に過ぎません。またこうしたテクストの網目はこれから
も永遠にひろがりつづけていくものです。
少しでも「コヨーテ」像が浮かびましたでしょうか?
もっとも、こうした多様な意味づけやロマンティサイズいくらしても、ぼく
の日本でのメンター「プロフェッサー・K」が「コヨーテ」について述べたひと
ことほど、「コヨーテ」とは何たるかを的確に表現しているものはありません。
K氏のひとことが最も正確に「コヨーテ」を言い得ているような気もします。
K氏: 「コヨーテってあれだろ、砂漠の片隅でヘビでも喰って、細々と生きて
いるヤツ・・・・・・。」
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┃3┃連載「どろんぱの借りてきた猫のように」/D.H.どろんぱ(第11回)
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「スヌーピーの50年」
子供の頃、近くに住んでいたお姉さんの家には、『スヌーピー』の本がそろ
っていた。つまりは、『ピーナッツ』の谷川俊太郎訳だ。英語の原文による
オリジナルの脇に、日本語で訳が添えられている普及版であり、今もなお人気
の高いものだ。
その後、角川書店版や、さくらももこ訳(集英社)、講談社の編集版など、
数多くのヴァージョンがあるが、50年にわたる長期連載作品であり、時代を、
アメリカを代表する作品である。復刻版も人気を集めたと聞くがぜひ定本とし
て手にしたいものだ。もちろん膨大な作品集になるであろうけれども。
思えば『ピーナッツ』を意識したのはいつの頃に遡ることができるのだろう。
コーンフレークのCMなので、あるいはぬいぐるみなどのグッズで、あるいは
トレーナーなどで、気づけばぼくらはいつからかスヌーピーたちに囲まれてい
た。
今の子供たちのように、ビデオアニメはなかったけれども、映画版などを通
して、あの顔を真上に向けて大きな口を開けての笑い方を身近に感じていたの
だった。
冒頭に挙げたお姉さんの『スヌーピー』の本は記憶では壁一杯にあった気が
する。たくさん手にとった気がするのだけれど、ぼくがその地域に住んでいた
のは、幼稚園に入る前のことでしかなかったから、内容に関してはまったく記
憶がない。原風景に近い形で、『スヌーピー』の本にそうして出会ったことだ
けを覚えている。
ぼくがお気に入りのキャラクターは、ご多分に漏れず、チャーリー・ブラウ
ンであったり、ライナスであったり、気はやさしくても、どこか不器用に生き
ている子供たちであった。今から思えばアメリカ文化とそのような形で触れる
ことができたのは幸運であったようにも思う。
「強くあらねばならない」。あらゆるアメリカ映画にしても、小説にしても、
そうした衝動に突き動かされる登場人物たち、特に男の子たちはそうしたプレ
ッシャーを抱えている。それは当然、傷つきやすさを併せ持つものであるのだ
が、そうした繊細さは極力、表に出さないのが美徳とされる。チャーリー・ブ
ラウンにしても同様だ。今ある自分よりも向上したい、理想に近づきたいとい
う思いは常に抱えている。しかし、ムリをしてでも、というようにバランスを
欠くことは決してない。
何年かおきに、『ピーナッツ』に通底するポジティヴな姿勢をたたえる動き
は見受けられる。関連本の出版などで、実際の原作を引きながら、チャーリー
・ブラウンたちの生き方に焦点があてられるのだ。
しかしながら、読者どれぞれにとって、思い思いの『ピーナッツ』像がある
ために、難しい側面もあるようだ。広淵升彦氏の『スヌーピーたちのアメリカ』
(93)は文化論としても、原作を多く参照していて、とてもいい本だと思う
けれども、反発も多かったと伝え聞く。作者のチャールズ・“スパーキー"・シ
ュルツにしたらなおさらだ。一人っ子のこの作者はマンガを描き続けることに
全身全霊を注いだけれども、本人はあくまで控えめでキャラクターたちを差し
置いて、自身をクローズアップされることを望んではいなかった。伝記の類も
いくつかあるけれどももっともっと、作品を後世に残すためにも、彼について
多くを知りたいと思う。もちろん本人が不快に思わない程度に。
アメリカのマンガ家はもちろん、日本でも、そして世界中のファンや後進に
与えた勇気のほどについてははかりしれないものがあるだろう。少女漫画家の
岡野史佳氏も10年ほど前に書いていたが、異国のマンガ家のファンレターに
対して快く返事を書いてくれたという。
多くのファンに惜しまれながらも、余命を悟り、連載を終え、完結させえた
姿勢にこそ、我々はシュルツの優しさを実感しえた。それは圧巻といってもい
いほどの幕切れであった。2000年2月12日(土)、長き眠りについたシュルツ
を送り出すかのように、翌日の日曜版が偶然にも最終回となったのだ。
ほんの1年ほど前まで連載が続いていたのが信じられないほどである。ぼく
らは同時代に立ち会えたことを嬉しく思うし、これからもそうだろう。
しかしながら、一時代を画してしまった作品であるがゆえに、新たな子供た
ちに受け継いでいくのはことのほか難しい。
『ピーナッツ』とは狙いも異なるし、半分の25年ほどの連載であるけれど
も、『ドラえもん』が果たして今後いかに読み継がれていくかは難しいところ
だ。
版権など様々な事情もあるのだろうが、アニメ映画などでも、『ピーナッツ』
の新作を観ることができたら、と思う。
さてそんな『ピーナッツ』であるが、日本においては『スヌーピー』という
方が通りがいいように、作者にとっては望んでいたタイトルとは言い難いもの
であったという。
「新しい漫画のタイトルを社の一存で『ピーナッツ』に決めた、と言ってきた
のだ。シュルツはがっかりした。彼にはまったくピンとこないタイトルだった。
彼にとっては、『ピーナッツ』という言葉には、『とるに足らないもの』とか
『つまらないもの』の意味しかない」
(リタ・グリムズリ―・ジョンソン『スヌーピーと生きる チャールズ・M/
シュルツ伝』朝日新聞社、2000年。34頁)
これからますます多くの評伝や研究書が、それもシュルツも望むやり方で
今後噴出することを願うばかりだ。
アメリカではチャールズ・シュルツ博物館が2002年オープンすると聞くし、
カリフォルニアにはナッツベリー・ファームと呼ばれるテーマパークがある。
日本でもできたばかりのユニヴァーサル・スタジオ・ジャパンではすでに人
気者である。
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┃4┃連載「がちゃぴんのミッドナイト・パニック」/がちゃぴん(第10回)
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「あまりにも不条理な悲劇――メディア・リテラシーとジャーナリズムを問う」
突然、猛毒ガスが一家を襲い、重症の家族を解放しながら、命からがら逃れ
ると、今度は、警察が、マスコミが、あらゆるメディアが、自分を犯人と書き
たてる。匿名の電話や投書があとをたたず、異口同音に「死ね」と呪いの言葉
を吐き続けられながら、周囲の住民から後ろ指を差される。
こんな不条理に直面したらあなたはどうするだろうか?
熊井啓監督の映画脚本『日本の黒い夏』を読みながら、思わず、カフカ的な
恍惚を感じてしまうほど、それは考えうるありとあらゆる不条理に満ちている。
しかし、それはすべて現実に起こったことなのだ。
おそろしいことに、実際の死者を伴いながら、現実に何日もの間、まったく
理不尽にも、一つの家族を襲った、まったくの悲劇なのである。
松本サリン事件の冤罪は今なお、記憶に新しい。新しすぎる、といってもい
い。真夏の熱帯夜、窓を開け放しにして寝ていたか否かで生死が分れてしまっ
たのだ。当事者となってしまった被害者および関係者の方々はもとより、報道
で伝え聞く一市民でさえも、脳裏に刻みこまれた悪夢であり続けている。
そして理不尽な事件であるがゆえの、「憤り」がある一家、もっと言えば、
ある特定の個人に向けられたのだ。なぜなら警察とマスコミがそのように煽っ
たからだ。日本の戦後史の中でも特筆すべき、大汚点である。
せめてその中で犯人と目されてしまった方が勤めていた会社の社長や社員が、
様々な圧力の中で彼をかばい、信じ続けたという話を耳にすることができたこ
とだけが救いである。
そして熊井啓という映画監督が、41年もの前に、子供の頃にこの人物の家の
すぐ近くに住み、遠からぬ縁もあったという偶然。なぜなら熊井啓自身のデビ
ュー作が当時の映画会社のあり方を考えても、非常に稀有なまでにオリジナル
な主張を貫いて製作された『帝銀事件・死刑囚』(64・日活)であったのだか
らなおさらだ。この作品においては、冤罪事件を通して占領下日本の支配構造
を問うた意欲作であり、正義感に裏うちされた迫力ある作品である。
熊井氏は本作『日本の黒い夏』の製作にあたり、何度もこの実際に起こった
松本サリン事件の冤罪を、帝銀事件にオーヴァーラップして捉えてみせている。
35年以上ものキャリアを考えても本作は集大成に近い「想い」が込められて
いることは言うまでもない。自身の履歴の最初にくるデヴュー作、そして幼少
を過ごした長野松本の光景、『帝銀事件』発表後、35年以上も経って、どう
してまた新たな悲劇を迎えなければならなかったのか?
しかし、単に冤罪を告発するのみではなく、現在だからこそのメディアを問
い直す視点が本作の見所である。先行作品として99年に発表されていた平石耕
一氏による『NEWS NEWS』は、高校の放送部の生徒たちが「なぜあの
ような誤報を流してしまったのか?」を問いながら次第に真実に迫っていくド
ラマがあり、熊井氏の『日本の黒い夏』はこの戯曲から多くのヒントを得たと
いう。
実際に、『日本の黒い夏』においても、高校生が放送部の番組製作のために、
テレビ局にインタヴューを申しこんだことから物語は進行している。他局にも
申しこみながら、引きうけてくれたのはこのテレビ局のみであった。だからこ
そ、この作品で登場する中井貴一扮するテレビ局員たちは、マスコミの報道と
はどうあるべきか、を考え、先の誤報に対しても忸怩たる思いを抱えている、
良心的なジャーナリストである。よって、「冤罪・誤報」をひたすら糾弾する
ようなものではなく、「どうして誤報を産み出してしまったのか?」を解明し
ていくうえで論点もはっきりし、かつ生産的な印象を受ける。
とはいえ、もちろん今もなお当事者の方々にとって傷が癒されているわけで
はないように、再現映像はナマナマしく、時に正視するのも過酷な場面もある。
たとえば執拗な取調べ場面などである。
吉田警部「6月28日、事件の翌日のことなんですがね。あなたの見舞い客の
中に、あなたが『薬品の調合を間違えた』と言ったのを聞いた人がいるん
ですよ、それも複数」
神部 「その人たちを連れてきてください。それではっきりする」
吉田警部「それは規則でできないことになってるんです」
吉田警部「その日の朝、あなた私の聞き取りを断りましたね。被害者なら断る
のは不自然じゃないですか」
神部 「担当者に聞いてください。私がどういう状態にいたのか。生死の境
にいたんですよ」
山川刑事「大げさな」
神部 「大げさ?」
山川刑事「怖かったんじゃないの?」
吉田警部「あなたがね、長男に、薬品と容器を処分するように指示したのを聞
いた人がいるんです、これは確かな人ですよ」
神部 「(呆気に取られ)確かな人って誰なんですか?」
山川刑事「確かな人だよ」
神部 「会わせてください!」
山川刑事「できねえんだよ」
*********************
吉田警部「運転手が証言してるんですよ。あなたの家で停まり、あなたが家に
入るのを目撃してるんですよ、ちゃんと」
神部 「そのタクシーの運転手に会わせてください」
吉田警部「それはできないと言ってるでしょう」
神部 「(そっぽを向き)これじゃ協力できない」
山川刑事「(怒鳴る)こっちを向け! 姿勢を正せ!」
雷鳴
神部 「何を怒鳴るんだ。体調が優れないのに強力してるのに、何ですか?」
山川刑事「正直に言え、私がやりましたと、そう正直に言え!」
神部 「いったい何なんですか? あなたは!」
山川刑事「おまえが犯人だ」
神部 「なぜそう決めつけるんですか」
山川刑事「警察はお前が生まれてから起こったこと、全部知ってるんだぞ、
お前が犯人だ!」
神部 「何てこと言うんだ」
山川刑事「お前は亡くなった人たちに申し訳ないと思っていないのか!」
神部 「(怒りに震えて)やってないことはやっていない。どんなに自白を
強要されようと、私は絶対に負けない!」
吉田警部「……明日も十時から事情聴取を行いたいんですがね」
神部 「(吉田を睨んで)二時間という診断書は、何のためにあるんです
か?」
吉田警部「充分に尊重しますよ。じゃあ、明日もお迎えに上がりますから」
(熊井啓『日本の黒い夏』岩波書店、2001年。90−94頁)
家族を思いながら、主人公は不条理に毅然と立ち向かう。自らの病身をも
おして。しかしながら、警察が、マスコミが、そして「善意」を名乗る大衆が
すべて自分の敵として取り囲む。まったくの孤立無援の中で、人はそれほど
強靭でいられることはできない。多くの冤罪は、こうした極限状態の中での
「自白」に基づくものであるわけだ。
こうした背景にはいろいろな構造上の問題がある。
警察にしても、現実に、オウム真理教の不穏な動きを極秘裏に進めている
組織がありながらも、長野県警と連携はとっておらず、真実の解明は極端に
遅れ、不要な悲劇をもたらした。地下鉄サリン事件が起きるまで、つまり新
たな惨事を迎えるまで、踏みことができなかったのだ。
その一方で、あくまで「重要参考人」としてでも事件の進展を示さねば
県警の対面は保てない。
そしてスクープに躍起になるマスコミにしても、「時間がない」ことを理
由に、充分な検証をする余裕もなく、送られてきた情報を、報道し続けねば
ならない。
「善意」を名乗る大衆からは、加害者と目された一家に脅迫まがいの抗議
を送りつづける。早く解決を見たいがために、ありえない目撃情報も殺到す
る。一種のマス・ヒステリー状態である。
これはあながち大衆のみが悪いわけではなく、メディア・リテラシーをめ
ぐる問題に、メディアからの「感染」をめぐるものがあるが、その研究はす
でに欧米では深刻に取り扱われている。日本においても、とりわけ夏の間に、
「狂言」という形をとって、模倣犯が増えるのは、メディアで過剰にくりか
えされる映像に「あてられて」という要素が強いはずだ。
かように、様々な連鎖が悪循環の形で重なって、誤報が生まれ、悲劇を作
り上げてしまうのだ。
『日本の黒い夏』は生々しい再現映像を織りこみながら、このメディアの
問題に切りこんでいる。だからこそ観る者すべてにとって考えさせられる問
題を多く提供してくれている。
テレビ局の番組製作側にとっても、たとえ誤報の可能性に思い至ったとし
ても、なかなか流れに逆らうような番組を作ることができない。たとえ真実
を曲げても長きものに巻かれている方が企業人としては安全なことは言うま
でもないからだ。
高校生の追及に対して、『日本の黒い夏』でインタヴューを受けている、
テレビ局報道部長、笹野(中井貴一)は、あえて捜査本部とは異なる方向で
の番組作りに、辞表覚悟で踏みきったことを明かす。
笹野「・……正直に言おう。永田弁護士のような確信はなかった。ただ、
『黒』とも思えなかった。私はこう考えた。うちだけ警察の捜査に疑問
を投げかける番組になるかもしれない。そうすると視聴率を上げること
ができる」
エミ(高校生)「……」
笹野「私は自信があった。まあ、長年の勘だ。つまりコージと方向は違って
も、ゴールは同じだった。視聴率だ。そして特組をオンエアした」
エミ「視聴率を上げるために特番を流した」
笹野「それがテレビだ」
(『日本の黒い夏』118頁)
案の定、それを見た視聴者から非難や抗議の電話が殺到し、パニックに陥る。
すぐさまスポンサーにも抗議が殺到し、CMを引き揚げると脅され、上司に
も難詰される。ジャーナリストである笹野にしても、孤独な闘いを強いられ
る。結果が誤っていたとしたら、自分の未来はない。でも、それでも自分が
正しいと思っている道を選ぶ。なぜならそれが報道に携わる者が取るべき道
であるからだ。
新聞や報道の現実を目の当たりにし、幻滅する高校生の問いに笹野はこう
答える。
エミ「(じっと見つめ)どうして私たちの取材をオッケーしてくださったの
ですか?」
笹野「……君たちの若い目で、受け手側の目で、事件の真実を少しでもつか
んでほしい、そう希望したからだ」
(『日本の黒い夏』132頁)
もちろん、この作品で出てくる笹野や、高校生のように、真摯な思いで、
「報道とは何か?」を考えているジャーナリストも、若者も、実際に存在し
ているのかどうかわからない。
悪循環の連鎖を構造的に孕む現代社会に対して、何の解決策にも、救いに
もなっていないのかもしれない。
しかしこれだけ重い素材を、それも悪夢さめやらぬ実在の事件を前にして、
にもかかわらず、印象が暗いものにはならないのは、この二人に代表される
者たちに希望を託したいと、何よりも我々も望んでいるからだろう。
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┃6┃書評:内田春菊『犬の方が嫉妬深い(角川書店、2001年)
┃ ┃ /D.H.どろんぱ
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「私怨でない文学があるか?」と啖呵をきってみせたのは、文学賞選考委員を
落選した作家が皆殺しにしてまわる『大いなる助走』発表時の筒井康隆のセリ
フであるが、結局のところ、「私怨」が文学及び芸術作品を成立せしめる原動
力の一要素であることは否定できない。そして『大いなる助走』が、単なる文
学賞殺人事件といったセンセーショナルな話題のみならず、同人雑誌をとりま
くブンガク人たちのあり方に鋭く目を向けたように、「私怨うんぬん」の発言
は氏のサーヴィス精神によるものとしても、私怨を超えた「力」を持ちうるか
否かが文学・芸術作品の境い目となろう。
そこをいくと作家・内田春菊の周辺は常に派手でにぎやかであるがために、
それだけ多くの誤解がつきまとう。
つい最近のトピックだけを取り上げても、前夫との泥沼離婚劇、不動産も含
めて1億7000万円の慰謝料という私的な側面ばかりか、異能映画監督・三
池崇司氏の元で、超話題作『ビジターQ』(2001年3月公開)に出演。薬物中
毒の母親役を鬼気迫る演技で公演し、果ては母乳を撒き散らすシーンが話題に
なったばかりだ。
あまりの破天荒なふるまいぶりに、全国春菊協会からイメージダウンを訴え
る声すらあるという。
内田春菊の作品は、そのごく初期の頃から、特に性に対して奔放な登場人物
と作者とを混同され、誤解され続けてきた。折しもバブルに差しかかる80年
代中葉。アダルトビデオ女優が深夜テレビを席捲した時代、内田春菊ら気鋭の
女性漫画家は、「エッチ漫画家」というレッテルを貼られ、メディアの寵児で
もあった。
そして一方で、内田春菊はプライベートを作品の注ぎこむ仕事をも多く残し
ていく。言うまでもなく94年にドゥマゴ賞を受賞した2作品、小説『ファザ
ー・ファッカー』と、育児マンガ『私たちは繁殖している』に代表される系譜
である。彼女にとってプライベートは言い訳としては存在しない。全盛期の筒
井康隆や小林よしのりが公私を隔てず厳しく自己にも他人にも接し、開示して
いったように、内田春菊においても、「あれはプライベートでの出来事だった
から」という甘えは通用しない。例えば、ファンクラブ通信に連載され、単行
本化された『今月の困ったちゃん』では、彼女が関わった編集者、そして内田
春菊事務書のアシスタントやバイトの人たちの非礼なふるまいに目を向けてい
る。リアリティがあるだけに怖い。いかなる読者であっても、他人事とは思え
ない、背筋を戦慄が走るような緊張感がある。
世間の常識を超える彼女のあり方にいつも世論はふりまわされるが、実のと
ころ内田春菊ほどモラルにこだわる人物も珍しいと思う。既存の、ただそれが
「常識」とみなされているだけで、「常識」でありつづける事象には「ノー」
を突きつけるが、彼女は決してアンモラルな存在ではなく、むしろ逆だ。
「人間として許されるか否か」というより、プリミティヴな観点から、モラ
ルを問うているのだ。既存の「子育て」観とはまったく異なる『私たちは繁殖
している』は、「常識」や「通念」に対する根源的な問いに対して、彼女の体
験と叡智によって志向錯誤をくりかえした後の記録である。だからこそ、この
作品は圧倒的な力を持つ。すでに4冊目の出版準備が整いつつあると聞くが、
ライフワークとなりつつある意欲作だ。
彼女は常に「ものかき」としてのプロ意識に根差している。
例えば第1子誕生時の産婦人科での入院体験をふりかえり、極力、必要以上に
「新しい」母親たちと仲良くならないようにつとめた、と述懐している。
「春菊 母親学級も行かなかったし。なんかね、そういうところに交じっちゃ
うと、冷静に物事を判断できなくなるから
さかもと未明 ああ、できなくなると思う。
春菊 たぶん先々にモノ書くときに邪魔になるだろうと思った」
(別冊宝島438 『ザ・マンガ家列伝』1999年 56頁)
マンガ家、小説家、女優、歌手、と多くの肩書きを持つ彼女の元にはたくさん
の「プロになりたい」者たちが訪れてきた。そして「プロの厳しさ」を知り、
その多くが彼女の元を去った。そんな内田氏だからこそ、プロの気概を常に意
識を示しつづけなければならないのだろう。
本書『犬の方が嫉妬深い』は、2000年1月から角川書店のPR誌「本の旅人」
で連載されていたものだ。毎回毎回、震える手で私はページをめくったものだ。
それくらいおそろしい作品である。
前夫でマネージャーの、内田氏がデビューする直前に知り合っていた男性の
元から子供を連れて家出し、離婚調停の裁判と並行して書き進められたものだ。
「ここまで書くのか?」と思うほど赤裸々に、「私怨」が込められている。
とはいえ、かように興味本意で、実際にあった出来事として読むものの、も
ちろんこれは小説であって、ノン・フィクションでも、告白録でもない。それ
を証拠に他人であっても「身につまされる」力を持ち得ているのはもちろん、
現在と過去のエピソードをうまく配列し、時には、「小説の枠を破って」、「
『本の旅人』担当者への手紙」という体裁で書き継いだ回もある。
そして連載途中では、前夫の子供として3年間養育された第二子が実は、前
夫の子供ではなかった、というショッキングな事実も判明する。
もともと内田春菊にとって、「過去の氏自らを見つめる眼差し」も常に厳し
いものであった。近年、多くの初期中期作品があいついで文庫化されているが、
内田氏の「文庫版あとがき」は、懐かしいと思って久しぶりに手に取る読者に
冷水をかけるような、冷徹な「過去の全否定」も珍しくはない。
たとえば氏の代表作『南くんの恋人』が高橋由美子主演でテレビドラマ化さ
れた時、新装版の「あとがき」で、問題の結末場面をセンチメンタルに回想し
ていた過去の自身を一蹴してみせた。とうに「終わった作品」として、もうあ
の地点に戻ることは決してありえなかったであろう。それにしても、マンガの
読者に多く見うけられる、「あのマンガを読んでいたとき、自分は・・・」と
いう、ノスタルジックな共感を一切、許さない、妥協のない厳しい姿勢に、唖
然とさせられたものだ。
以後も多くの「あとがき」でかつての作品、とりわけプライベートな生活を
素材にした作品に対し、「どうしようもない」と切り捨てている。
ある意味で毅然とした「サーヴィス精神の欠如」は、それだけ自身の感慨に
対して正直であることの証なのであろう。内田氏は常に前を、未来を見据え続
けている。幸福に対して飽くなき探求を続けているともいえる。
実際に、『悪女の奥さん』をはじめ、新しい男女のライフスタイルの地平を
築いた仕事も多く残しており、前夫との「楽しい生活」が投影されている、か
に見える。今回の顛末でこうした書物が名著であることを損なわれるわけでは
ないが、誰しも理想のパートナーシップの一携帯として内田夫妻を見ていたの
ではないか。
『犬の方が嫉妬深い』ではこのように回想している。
「外側から見ると、私は奔放で、好き勝手なことをしていて、それを太田がつ
つましく支えているようだったらしい。それは、ある点では正しかったが、あ
る点では逆だった。もしかしたら、私はせめて人目には、楽しくやっていると
見られたかったのかもしれない。血のつながっていないアインを育てると言い
出した太田は、決してお金目当てではない。誰よりも私自身がそう思いたかっ
たのだ」(『犬の方が嫉妬深い』98頁)
そして氏のとくに小説作品がそうであるように、「どうして書かなければな
らないのか?」に思いをめぐらせるのだ。
「どんなにがまんしていても、楽しくやっている様にしか目えないのは、子供
の頃からだ。15歳で中絶した後、その罰として、母のセッティングで育ての父
にやられていた事も、人に話す度に、
『そんな目に遭っていた様な人には、あなたはとても見えない』
最初の結婚の時、暴力までふるわれていた時も、
『おとなしくていい人そうじゃない、ほんとはあんたが性悪なんじゃないの?』
いつもそうだ。そんな風に目えない事を相手に利用されるのだ。そしていつ
も、私は全てを書く結果になる。書く前に、何度も話し合っているのに、相手
は事実を曲げようとするのだ。
いや、きっと相手にとっての事実は私にとっての事実と違うのだろう」
(『犬の方が嫉妬深い』167頁)
人は誰しも、今の自分ではない、理想の自分になりたいと思い、時にはごまか
しながら、今の自分をも偽ってだましだまし生きている。甘えられる相手、許し
てもらえる相手にはなおさら、とことんだらしのないまま、甘えてしまうことも
あるだろう。また今度も許してもらえる。しかし、それはいつしか取りかえしの
つかないものになってしまう。壮絶なまでの恨み、憎しみが淡々とつづりこまれ
ていく。具体的なエピソードを伴っているだけに、一読者でも慄然とさせられる
気迫がある。冷静な筆致なだけになおさら怖いのだ。
「子供のことと引き換えに私から金をとってやろうと思っている、それがすべて
顔に出ている。男のくせに。身体が弱いわけでも何でもないくせに、自分で働こ
うとせず、子供3人抱えた私から金を取って、今後もそれで生きていこうとして
いる、他力本願な、根性の曲がったいやらしい顔。私にはそういうふうにしか見
えない。まともな顔になんか見えてたまるものか。
私はなんでこんな男と一緒にいたのか」(120頁)
「家族」という制度をめぐり、日本の社会の硬直した状況へも批判の目は向け
られる。「批判」のための「批判」ではなく、普通に生活していく上での、「不
自由さ」であるだけに根が深い問題が提起されている。教師が、市役所の役員
が、
彼女のゆく手を阻むのだ。
「『でも一応義務教育ですからねえ。一刻も早く行かせてもらわないと』
人が事情を説明している時にそれか、と私は心の中で舌打ちした。考えてみれ
ば、家庭訪問の時に、
『給食を残さないように』
としか言わなかった人であった。まともに話そうとしても無駄だったのだ。
『で、転学届はどこへ』
『……福田さんに……。転送していただけるように、お願いしてみます』
導火線が短くならないうちにさっさとダイナマイトを誰かに手渡したい。そ
んな態度の教師を見るのは初めてではなかった。他ならぬ私自身が高校一年生
の時家出したからだ」(10頁)
「私は村役場に行って、
『子供のものだけ、会社に送ってもらってむこうでやることはできませんか?』
と頼みに行ったが、
『誰もそちらに住民票がないんじゃ、よっぽどの特例でないとできませんね』
と言われてしまった。
『特例って、たとえばどんな?』
『里帰りしてるとか』
『里帰りは特例なんですか!?』
人を見下ろすような視線で足を組み、腕組みしてるその女の職員の態度はび
くともしなかった。
『私、なっとくいきません。さっきお電話したときに出た男性は、その位な
んとかなるでしょうとおっしゃってました。私これからその人を探します』
私がそういって帰ろうとすると、その女はあわてて私を呼びとめ、
『ちょっと待って。私もさ、ちょっときつく言い過ぎたけどさ』
となれなれしい口調で言った。
『今会議中だからさ』
それが理由になるかどうか、適当に私をなぐさめただけで又、奥へ戻って行
ってしまった。
奥では、
『ちょっと、ビール追加して』
と声が聞こえる。
『どういう会議なんだよ』
私はアインを抱いたまま、玄関にしばらくぼんやり立っていた」(54-55頁)
理不尽な対応、好奇な視線に常にさらされながら、それでも力強く内田氏は精
力的に活動をこなし続ける。その「精力」的なさま自体が、不安定な精神のバ
ランスを取るために、刺激や発散の場を求めてであったこともあるという。
本書のクライマックスとして、離婚調停の結果が下る場面と、第二子が実は
前夫の子供ではなかったことが血液判定で判明する場面、実際の実人生での順
番や細部がどうであったかはともかく、「小説」のようにドラマティックな展
開であり、そして何よりこの作品は「小説」であるのだから、めぐりあわせと
しか言いようがない。
また、自殺を考えたことがあるという告白と、いかにしてそれが回避された
かの経緯も衝撃を与えるものだ。
「私はマンションにツバイ(第ニ子)と二人でいる太田に仕事部屋の電話から
電話をかけた。
『私ね、何もかもめんbんどうくさくなった』
『何?』
『もう死にたい』
『何言ってるの』
『ツバイちゃんがいるから、もういいでしょ』
私はもちろん、ツバイを太田の子だと思っていた。
『アイン(第一子)のこと、かわいがってね』
涙がぼろぼろ零れた。電話を切ったら、ドアノブで首を吊るつもりだった。
しかし、鍵をかけていなかったので、私は気になってドアノブばかり見ていた。
電話が終わったときには私は死ぬのだ。
太田は
『何言ってるの』
ばかり言っていた。言われれば言われるほど、死ぬ気が固まっていった。ツバイ
は大丈夫。だって太田の子供だから。私はアインが無事に大きくなるのだけが気
がかりだったのだ」(188−89頁)
女性が力強く生きていく姿を見て、我々は勇気を与えられるし、それを阻む細
々とした些事を理不尽に思うし、前夫の立場に立てば身につまされる。何が一体
いけなかったのか?と。前夫にかぎらず、誰しも内田氏の前では、欺瞞は許され
ない。
週刊誌で取り上げられたように、まさに泥沼の離婚劇であり、壮絶な女性の生
き方であるが、にもかかわらずこの物語の読後感が内容ほどには悪いものではな
いのは、主人公である「私」が新たな伴侶を得て、また新しい地点からやりなお
そうとしているからであり、彼女の力強いポジティヴな姿勢に我々は打たれるの
だ。
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┃7┃書評:加藤幹郎『映画とは何か』(みすず、2001年)/D.H.どろんぱ
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『映画のメロドラマ的想像力』(88)、『映画ジャンル論』(96)、『映画
視線のポリティックス』(96)などの数多くの著作で、とりわけジャンルとし
ての映画、見ることへの根源的な欲望、といった観点から、ハリウッド映画を
中心に研究を続ける著者の、その名も『映画とは何か』という正面切った取り
組みが本書である。
日本ではまだまだ欧米に比べると、映画学、フィルム・スタディーズの分野
は大学の学問制度においては整備されているとは言いがたく、日本では映像を
通しての「表象」研究が盛んである。氏の所属も京都大学大学院人間環境学研
究科であり、映画学のみの学科ではない。
また日本ではフランス映画理論による研究が強い傾向があり、加藤氏のよう
にアメリカのハリウッド映画で、かつメロドラマなどのジャンル論に目を向け
る研究家はまだそれほど多くないのではないか。
本書はまず、「マイナー映画のために」という序言が付されている。
アメリカ合衆国を映画の側面から、捉えることの必然性が説かれている。
「アメリカ映画の特徴は、その潜在的多様性にある。それはもっぱら国外から
の人材流入(移民と亡命者)と国内の人種的不均衡(人種差別)によってもた
らされた。国内における人種的不均衡とその政治的不正義がインディアンを抑
圧する巨大ジャンル(西部劇映画)を産み出し、また黒人の社会的不安を娯楽
面から補完する超マイナー・ジャンル(黒人劇場専用映画)を産み出した。フ
ィルム・ノアールのような陰鬱な新ジャンルもまた第二次世界大戦前夜のユダ
ヤ人亡命者の流入なしにはありえなかっただろう。アメリカでは黒人、女性、
ユダヤ人、外国人は一貫して不当に過小評価されてきたが、その過小評価は映
画史の記述においてどのような動的要因たりうるだろうか。じっさいアメリカ
映画史は長らく黒人映画作家や亡命ユダヤ人作家のフィルムを正しく評価する
ことを怠ってきた。そのことはアメリカ映画の成立と展開にどのような作用を
およぼしてきただろうか。本書で主として問題になるのは、映画史のそのよう
なオールタナティヴな側面である。むろん彼らが過小評価されるのは、彼らの
仕事がすぐれたものでないからではないからではなく、ただたんに彼らが文化
的少数派(マイノリティ)に属したからである。そうしたことを本書は証明す
るはずであり、その意味で本書は既成のハリウッド映画史の批判的吟味となる
であろう」(3−4頁)
だからこそ、これまでほとんど日本で議論されることがなかったという、19
12年から48年までの黒人劇場専用映画をたどり、さらにその後の黒人映画まで
をたどりながら、黒人映画とは何であったのかを問い掛ける。そこには黒人独
自の映画を作り上げたいという衝動と、その一方で白人のエキゾティシズムを
満足させたいという衝動との、まったく異なる側面とが常に併せもたれてきた
のであった。
そして『国民の創生』(1915)という一大メロドラマ・スペクタクル映画は、
クー・クラックス・クランという黒人を排斥する白人秘密結社を映し込んでい
ることでもよく知られているが、この監督、D.W.グリフィスによるアメリ
カン・インディアンを扱った所期映画に目を向けている。時代は1908年から13
年くらいまでのフィルムであり、彼の映画を特徴づける「メロドラマの枠組」
にとってまずアメリカン・インディアンはどのように機能しているのか、を検
証し、後の「西部劇」というジャンルをも視野に入れながら、メロドラマの主
役たりうる神話的な像と、開拓使との仇敵という相反する役割を担わされたア
メリカン・インディアンとは映画にとってどういう存在であったのかを、映画
の「視点」に着目しながらたどる。
またドイツ系ユダヤ人としてアメリカに亡命した、偉大な映画監督フリッツ
・ラングのアメリカ映画時代を再評価する。
引き続き、ホロコースト映画を65年の『屑屋』から『ショアー』までのスパ
ンの中でとらえることを試みている。『屑屋』は「かつて強制収容所で、ナチ
将校に陵辱される妻の裸身を強制的に見ることを強いられた悪夢的体験」を、
フラッシュバックの手法を多用して表現しており、ヘイズ・コードと呼ばれる
厳格な性描写規定を破った記念すべき最初のアメリカ映画としても知られると
いう。第1章でヒッチコック『サイコ』を素材に、「見ることとはどういう行
為」であるかを、「サイコアナリシス(精神分析)」という題目の元ですでに
考察されており、この「ホロコースト映画」の観点においても、「見る行為」
には重きがおかれている。
そして現代のホロコースト映画において、ある意味で両極ともいえる、『シ
ョアー』と、スピルバーグの『シンドラーのリスト』において、共に効果をあ
げているのが、「ユダヤ人移送列車」としての「列車の用い方」である。
そもそも映画にとって、列車を描くということはそのごく黎明期から果敢に
試みられてきたのであった。列車は時空を繋ぐものであり、何よりも興奮を誘
いつつも、恐怖を駆りたてるものであり、そして「トンネル」という装置にお
いてはエロス的側面を煽り、盛んに「トンネルでのキス」を描いた作品を多く
作られた。
「ホロコースト映画における列車の用い方」から、話は「列車の映画あるい
は映画の列車」として、「列車映画」なるテーマを導入し、「映画史」に迫る。
「トンネルでのキス」(1899)、『大列車強盗』(1903)などといった、それ
こそ小松弘の名著『起源の映画』(1988)で扱われている映画の黎明期から、
「列車映画」のリストは現代の『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART3』
(1990)、『暴走特急』(1995)、日本映画の『新幹線大爆破』(1975)/ハ
リウッドの『スピード』(1994)といったアクション映画の現在にまで及んで
いる。あるいは『時をかける少女』(1983)冒頭の、モノクロからカラーに変
わるノスタルジックな場面が列車内であったことをも、きちんと踏まえられて
おり、この「列車映画」のリストはなかなかおもしろく、映画と列車とがいか
に不可分の関係にあったかを物語るものだ。さすがに『シベリア超特急』まで
は網羅しておらず、いたずらにリストを広げても意味はないのだが、「列車映
画」というテーマ設定は各人の映画史をより豊かにするにちがいない。
本書はもともとの連載時、「ハリウッド映画とは何か」というタイトルであ
ったように、「アメリカ映画にとって、映画とは何か」という問題提起に対す
る解答である。冒頭の「序言」に示されていたように、マイノリティの観点か
ら、アメリカ合衆国の20世紀を、映画を通して検討したものであり、アメリ
カとは何か、そしてアメリカにとって映画とは何か、という問いを、既存のハ
リウッド映画史にまつわる通念に疑問を投げかけるかたちで展開していくもの
だ。
そして同時に、言うまでもなく、アメリカ映画史を新しく読みかえる試みを
通じて、多様なアメリカ社会がいかにアメリカ映画を豊かに、かつ複雑にして
きたかを示すことで、世界映画史をも読みかえる可能性を示唆しているといえ
るだろう。だからこそ本書の題名は『映画とは何か』とされているのであろう。
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┃8┃書評:佐野眞一『カリスマ――中内功とダイエーの「戦後」』
┃ ┃ (文春文庫、2001年) /がちゃぴん
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著者の佐野眞一氏は、日本におけるセックス産業のルポや、読売グループを
築いた正力松太郎氏を描いた評伝『巨怪伝』などでかねてより広く知られるノ
ン・フィクション作家であるが、富に近年、『東電OL殺人事件』や、『誰が
本を殺すのか』(2001)といったセンセーショナルな著作で、ベストセラーを
連発し、より一層の注目が集まっている。
本書『カリスマ』は、ダイエーを一代で築き上げた中内氏の栄枯盛衰を通じ
て、日本の戦後社会を描くという野心的な試みであり、氏の代表作の一つに今
後も数え上げられることだろう。
98年に単行本が発表されているが、その後もダイエーと中内氏をめぐる状況
は変貌を遂げた。99年1月には中内氏の電撃的社長辞任や翌2000年にはインサ
イダー取引疑惑、今年2001年には株主総会における中内氏の取締役辞任など、
文庫化にあたって新たに第6部を書き加えることになったという。
そして本書をめぐって中内氏から名誉毀損の裁判を起こされており、この3
月に和解に至ったばかりである、という。
確かに中内氏の冷徹な企業家ぶりを描く筆致は、厳しいものがあり、いかに
あまりにも「戦後」を体現しうる人物として選ばれたとはいうものの、「栄枯
盛衰」を容赦なく描かれることは気持ちのいいものではないだろう。
しかし本書を一読しておわかりのように、日本の戦後史における、中内氏と
ダイエーのスケールの大きさには圧倒されるほかない。本書には巻末に1946年、
すなわち戦後から現在までの年表が付されており、いかに戦後と共にこの人物
とその会社とが歩んできたかを物語っている。
「あとがき」においてもくりかえし本書の試みは説明されている。
「戦後史の流れのなかに、中内ダイエーを正確に位置づける。私は本書を取材、
執筆するにあたって、そのことを何よりも念頭においた。(略)
中内功は大正デモクラシーの勃興のなかで幼年期をおくり、学生時代は軍国
主義のなかで隠れてマルクス主義の文献や文学書を読み漁った。戦争では、極
寒のソ連国境から灼熱のフィリピン戦線に送られ、人肉食いと背中合わせの地
獄を味わった。
戦場から、飢えと怒りと人間の底知れぬ不条理を背負って神戸に復員した中
内は、闇市商売を始めることから戦後のスターとを切った。
それから半世紀以上たったいま、中内ダイエーは瀕死の業績不振に陥ってい
る。日本の戦後とは何だったのか。昭和三十年代の高度経済成長は、日本人に
何をもたらし、何を失わせたのか。昭和末期から平成はじめにかけて日本を襲
ったバブルの時代とは、われわれ日本人にとって一体どんな時代だったのか。
これらの疑問に答えようとする時、中内ダイエーの歴史は恰好のヒントを
与えてくれる」(『カリスマ』下巻 475頁)
いかに成功し、日本の高度経済成長を支え、リードし、会社を拡大し、遅れ
てきたバブルとでもいうべき形で、福岡にキャナルシティ、福岡ドームをもた
らした。常に彼とダイエーを取り巻く状況には、賛否両論の声がある。無茶も
多く通した。しかし、氏独自の哲学や信念に基づいて難局を回避し、ワンマン
会社だからこその、力強い舵取りゆえにダイエーは戦後の「怪物」でもあるか
のように大きくなった。それはいつのまにか制御がきかないほどの、まさに「
怪物」となっていったのである。
常にお客の視点で、という配慮をもったスーパーが、やがて人々の心をつか
み、拡張していくさまはあたかも教養小説のように興奮を伴って読むことがで
きるであろうし、悪漢小説(ピカレスクノベル)の主人公のように、中内氏が
映ることもあろう。
今でこそ一頃の状態を脱したようであるとはいえ、我々はすでにダイエーの
失敗をすでに知っている。読み進めながら、舵取りを誤り、「怪物」であるが
ゆえにコントロールできなくなっていく様は、現実世界がオーヴァーラップし
て入り込むダイナミズムを実感できるだろう。そして衰えゆくさまは切ないも
のだ。
もちろん社内外の関係者にとって、ワンマン会社であるがゆえの理不尽な思
いを強いられた人物たちが決して少なくないことは存分にうかがいしれる。
しかし、ダイエーが敗北したように、どこかで効率第一主義ではない、男気
のような中内氏の「想い」に我々が強く打たれることも事実であるのだ。それ
は良くも悪くも「滅びの美学」のような感慨なのかもしれない。
そして「戦後」が世紀の変わるここ数年の間で劇的に変化を遂げ、一つの時
代が終わりつつあるさまを、中内氏の生き方は強く実感させてくれるのだ。
ダイエーは今もなお困難を極めている状況にあるようだが、筆者の佐野氏も
記すように、本書が再生の手がかりの一つにでもなれば、という思いがある。
それはかつてのようにではないかもしれない。願わくば新しい時代を、新しい
ダイエーが築き上げてくれるように。かつて中内氏が焼跡から一代で築き上げ
ることができたように、と我々も願ってやまない。
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┃9┃編集後記…… がちゃぴん × どろんぱ × コヨーテ
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(G)はい。というわけで我々もおかげさまで10号を迎えることができました。
支えてくださった読者の方々、「配信」してくださっている各媒体の方々に大
変感謝しております。
(D)もう丸4ヶ月ですからね。4ヶ月にもなれば胎児も立派に成長してますし
・・・。
(コ)もう中絶できないな。
(G)・・・。ま。一時は次の号が出せるかどうかが不安でしたから、いわゆる
「カストリ雑誌」はほら、2、3号で廃刊の憂き目にあいますからね。
(D)今から思えば21世紀と共にはじまったこの【UNA】ですが、創刊時は
もう遠い昔のようですね。コヨさんも日本にいたわけだし、私もあの時は近
いうちに私にも春が来るものと希望にあふれていました。
(コ)おれには前号が出たのがすでに遠い昔に見えるよ。間隔空けすぎだ。今、
4月8日号だろ。
(G)あ。そういえば、どろんぱさんお誕生日おめでとうございます。
(D)どもども。
(コ)前回祝ってやっただろ! くりかえすな!
(G)そうでしたっけ? 我々もあまりに昔なので記憶が無くて。
(D)そういえば今ふと思ったんですけど、コヨーテさんってゲストで最初はこ
の「編集後期」に来られてましたよね?
(G)そういえば、いつのまにか居ついちゃいましたね。
(D)とりわけあなた、評判悪いですよ。
(コ)おまえらのせいだろ!
(D)編集部宛にも、「女性をモノ扱いしているコヨーテ氏の姿勢に疑問」とい
う声がぞくぞくと・・・。
(コ)「本当のセクハラとは何か」をおれが教えてやろう。「SM原論」も連載
しようかな。
(D)誌面割きますよ。
(G)告知打ちます。
(コ)そもそもSMというのは、主客が転倒する緊張感がよいのであって、一方
的な隷属状態を指すわけではないのだよ。
(G)それはさておき、前号は文字化けが頻出したり、一部原稿の掲載に不備が
あって、読者の方々にもご迷惑をおかけしました。
(コ)おい。おれの話を聞けよ。
(D)前号は創刊号の2倍以上の分量でしたね。はっきりいってどかんと大分量
で送りつけられるより、コンスタントに配信される方が、読者の方にとっても、
そして原稿にとっても幸せだと思うんですが。
(コ)だから期日通り出せよ。
(G)いやー、すっかりゴールデンウィークですね。
(コ)一本調子で喋るなよ。おい。
(D)今年は天気が悪かったので残念ですね。後半は持ち直しましたが。
(コ)カリフォルニアにはゴールデンウィークもないんだけどね。そろそろ疲れも
たまってきてキツい。おれも日本の「ディズニーランドに行きたかった」。
(D)あなたも「強制送還」されますよ。職務も果たしてないのに、あなたは帰れ
ませんよ。
(G)そういえば、どろんぱさんは、ペプシの『ピーナッツ』ボトルキャップ、キ
ャンペーン、もう揃いました?
(D)まだ。というか、もうあんまり店頭で見ないし。
(コ)何それ?
(G)またペプシで1本買う毎に『ピーナッツ』のキャラクターがボトルキャップ
になってるのをもらえるんですよ。
(D)ペプシコーラで15種類、ダイエットペプシで15種類、1.5リットル、
ペプシにはコースターが12種類。そのうちキリがないので、ペプシの15種
類だけ集めてるんですが、集め出したのがつい最近だったので、結構置いてな
くてね。個人商店の在庫などを探してるんだけど。
(コ)おまえ前も『スターウォーズ』キャンペーンでペプシばかり飲んでただろ。
また10キロ、20キロ太るぞ。
(D)『スターウォーズ』は我々の世代はそれほど思い入れなかったですけどね。
だって幼少期にお菓子を買うと、『スターウォーズ』のカードだかなんだかつ
いてきて、物心つく前だと気持ち悪い、という印象しかなかったから。しかし、
ペプシはもうキツい。一口目から辛い。昔、『ドラえもん』で、もしもボック
スで「お金のない世界に行きたい」という話があるんだけど、そこでは物を買
うとお金を払うんじゃなくてもらうんだよね。もちろん、そのお金は捨てたり
焼いたりできないんだけど、あの心境だな。負債としてペプシを手にする。
(コ)飽食きわまれりだな。このブタめ。
(G)「ブタ」呼ばわりはひどいですね。
(コ)ブタとは愛される存在ですよ。
(D)昔、87年にはサザンオールスターズの桑田佳祐氏がコカ・コーラのキャ
ンペーンをやっていて、あの年も飲んだ、飲んだ。あの年の夏の色がコーラ色
に黒く染まる。「日本の黒い夏」だった。成果は芳しくなかったけど。
(コ)今も桑田さんでしょ。コカ・コーラ。もう新曲として出たの?
(D)まだなんですよね。リリースする予定はないと聞いてましたが、ようやく
7月4日に「No Reason」というとタイトルで発表が決まりました。
(コ)アメリカ独立記念日だな。サザンオールスターズもメンバーがいろいろ
大変みたいだし。
(G)し! まずいですよ。
(D)コヨさんの出身学科の機関誌最新号で、翻訳家の柴田元幸氏がインタヴュ
ーを受けていらして、「サザンオールスターズと作家のジョン・アーヴィン
グは、自己模倣に陥ってからおもしろくない」というような発言をされていま
した。柴田氏はサザンオールスターズの熱心なファンとして知られてますから
ね。感銘を受けました。私も85年で一度終わったバンドとして捉えてますし。
(G)『ピーナッツ』のボトルキャップはあと何が足りないんですか?
(D)刻々と買い足してるので現時点では、ライナスとシュローダー。二人とも
特徴的な形をしてるので、すぐに買われてしまうのか、かえってあんまり出て
こないんだよね。ちなみに私が一番好きなキャラは昔からペパーミント・パテ
ィなんですけどね。ライナスとシュローダーを譲ってもいいという方、
nomadoronpa@hotmail.com に連絡下さると本気で喜ばれます。以後永久的に
無料で【UNA】をお届けいたします。
(コ)タダだろ。どうせ【UNA】は。「タダでも要らん」と返品があいついで
るんだ。
(G)マーシーとペパーミント・パティのコンビは最高ですよね。
(コ)そうか? おまえらもいい年して妙なフィギュアにハマって下半身を肥満
で肥大させてないで、青空の下、腰を動かさないとダメだぞ。
(D)そんなことばっかりやってるから、あなた日本で属していた団体を「除名」
されたそうですね。いよいよノマド道へ邁進ですね。
(コ)うるさいな。おかしいな。どうして名前を削られたのだろう? あれだけ
その団体のホームページ作りにも貢献したのに。ひどい仕打ちだ。
(G)まあいいじゃないですか? もう日本に戻ることもないでしょうし。
(D)さすがにあなたも日に日に影が薄くなりますね。
(コ)余計なお世話だ。
(D)まあ引導を渡されたと思って溜飲を下げてくださいよ。
(コ)そんなバカな。なんでおれが引導を渡されねばならんのだ。おれの方こそ
渡しかえしてやる。
(D)そういえば『ドラえもん』で「Yロウ」という意味のない道具がありまし
たね。社会風刺なのか何なのか、よくわからん道具が。
(コ)「引導」を「Yロウ」みたいに手渡せたら、リストラ社会にはうってつけ
だろ?
(G)ま。何にしても、カリフォルニアの青空の下、ロウ細工の「引導」でも作
っていてくださいよ。
(コ)おまえらにも送りつけてやる。鋼鉄製でどっしりと重いのをな。
(D)郵送代、バカになりませんよ。
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